特集/コラム

【インタビュー】2008-07-04

博多のリーダーシップとは―「山」の魅力と哲学を語る
明太子の「ふくや」代表取締役会長 川原健さん

 福岡市博多区中洲に本社を構え、今年創業60周年を迎える明太子の老舗「ふくや」。会長を務める川原健(たけし)さんは、博多で育ち、5歳の時から「博多祇園山笠」に参加してきた。
 明太子を博多のお土産として定着させるほどの手腕を発揮してきたその傍ら、趣味の登山で、6月29日に福岡県太宰府市の宝満山(標高869.9メートル)の登頂2000回を達成。博多の街を見つめてきた男が「山笠」と「登山」の魅力を語る。

■明太子はここから始まった

健さんは、1943年に新京(旧満州国)で生まれ、1947年、4歳の時に日本へ戻った。「ふくや」は父・俊夫さんが1948年10月に創業した。小中高と博多で育ち、小さい頃から配達やお店の手伝いなどに励んでおり「当時中洲市場は引き上げが多かったので、そうしないと回らなかった」と当時を振り返る。



「一度は東京に出てみたかった」と慶応義塾大学に進学。卒業後、福岡に戻り福岡相互銀行(旧福岡シティ銀行)に入行。19年間で支店長を2回、部長を経て「これなら店をやれる」と自信と決心がついた。

 「地元への恩返しがしたい。福岡に根付いて親孝行がしたかった。」1984年1月、専務として「ふくや」に戻り、1994年には社長に就任。その間工場の設立やコールセンターを立ち上げたほか、東京2店舗を含む約30店舗を拡大、現社長でもある弟の正孝さんとともに、その名を全国に知らしめた。1997年に会長に就任後は経済会を中心に手腕を発揮。2000年〜2008年5月まで在福岡ノルウェー王国名誉領事を務める傍ら、経営塾などで地元の後継者を育ててきた。


「ふくや」は創業者の俊夫さんが作り上げた辛子明太子事業のノウハウを公開した。「福岡で根付いて、地元の人に助けられてここまで大きくなったんだ」と地元への恩返しを決して忘れない。もし公開していなかったら、明太子が福岡の名産品にはならなかったかもしれない。

直営店とインターネット販売のみの「直営直売店方式」は、食の安全に徹底したふくやの責任の形だという。と同時に、「卸を通さないということは余剰在庫が出ない。これが本当のエコロジーじゃないかな」と健さんは笑った。

■山笠が人を育てる

 
「中洲流」が始まった1949年。当時5歳だった健さんはこの第1回から山笠に参加している。大学時代も含め今年まで、喪中と会社時代の海外研修の3回を除いてすべて参加している。
率直に山の魅力を訪ねると「出てみないとわからない。祭りは出ないとわからない」と多くを語らない。それでも「山の世界は実力組織。社長であっても、山は山のルールがある。人と人との係り合いの中で、勉強できるし、リーダーシップを発揮できるようになる」と法被姿が博多気質をのぞかせた。

■登山が教えてくれたもの

大学を卒業して、ラグビーのチームに所属していたが、肩の脱臼に悩まされ「チームに迷惑をかける」と潔く代わりのスポーツをしようと思ったのが登山のきっかけ。今では予定がない限り土日は必ず登り、時には1日2回登ることもあるという。もうすぐ65歳になろうとは思えない丈夫さだ。

「山登りは1人になれるとても貴重な時間だと思う。朝昼夕晩・四季でその姿が変わり、自然の素晴らしさに気付く。登れば登るだけ面白くなる。」と魅力を語った。また「自分のペースで達成感を味わえるのも魅力。仕事上の達成感は1年後2年後、10年後だが、山登りで数時間で、ひとつの達成感を味わうことができる。」と経営手腕の片鱗を感じさせる独自の哲学を話した。

健さんは大のワイン好きで、よく登山中に会うというJR九州の石原社長からは、今回の登山を記念して2000年の赤ワインとシャンパンをもらった。「家に着いてからまた達成感だね」

1975年の1月に始めた宝満山登山は、2008年6月29日、34年目にして2000回を達成した。1年間で100回近く登っていることに本人も「よう登っとる」と笑った。

「一人で登ってきた訳じゃない。家内は2000回洗濯してくれた。下山後、(登り口のそば屋)「山公」ではお風呂を沸かしてもらい、何より両親・先祖にいい体を授かった」と振り返った。「何回でも辛抱強くやることに意味がある。自分の意思でこれをやってみようと思ったことは、しつこくやっていい」

■博多の将来を育てたい

長年博多の経済を見てきた健さんは、将来の博多をどのように描いていているのか――。

 「新幹線が開通した瞬間から街が生まれ変わる訳ではない。博多は長い歴史の中で『博多商人』と名が残るほど、多くは国際貿易の中で成長してきた」と話す。「明太子もそうだが、定食屋だったり、下町の文化のよさをわかってもらうには、本当のおもてなしが必要だ。銀聯カードの導入が進んでいるが、アジアとの自由な国際交流には、小さなお店ひとつひとつでも、現地の通貨が使えるようになるべきでは」と地元ならではの見解を述べた。

 また会長の今後について尋ねると「自分がいい思いをさせてもらった分、若い人にもいい思いをさせなければ。次の人にバトンタッチしたって、若い人なりにちゃんとやっていける。トップスピードでバトンタッチしたい」と話した。

社長の正孝氏と「2人足しても親父にはまだたどり着かんな」と話したこともあるという。「上には上がある。女性に追い抜かれたり、自分よりもまだ上の歳の人も登っているからね」

博多を見つめてきた男は、山笠と登山でその手腕を鍛えた。それでも山を極めた男の向上心が尽きることはない。

――7月、博多の街が山笠に沸く。
博多の男衆の水法被。今年も楽しみだ。


文/編集部 水間健介

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