■観光客に囲まれて育った
シーベンタルさんは1957年、スイスのベルン州ザーネン村のリゾート地で生まれた。両親はともに観光客を相手にスキーの先生をしていたという。また学校の長期休暇を利用して、ホテルを経営していた親せきの手伝いもしていたという。小さな頃から彼の周りには常に観光客のいる環境が当たり前という生活を送っていたという。それが自然にホテル業界に進むきっかけになったという。
中学まで地元で育ち、高校は首都のベルンへ進学。ローザンヌの大学でホテル学を専攻し、タイやインドネシアなどのグランド・ハイアットなどで総支配人を歴任。23年間の南国勤務を経て、7月に就任した現ポストは何と9カ国目。いろいろな国で生活してきた彼の目には、福岡の街はどのように見えているのであろうか。
■ホテルの周りが観光客の第一印象に
まず彼に、福岡の街の率直な印象を聞いた。「福岡は、街全体をみたらとても衛生的。しかし場所によってはあまり手の加えられてない場所がある―例えば(ホテル前の)屋台街や那珂川の通り沿いなどがそう。外国人滞在者にとって、第一印象は滞在するホテルの周りがイメージに残るので、非常に大事なところだ」と話した。
確かに清潔感があるとは言えないが、福岡に住んでいると、そういったことはあまり気付かなくなるもの。「今後、市内のホテルの景観についての美化を働きかけたり、社員による美化などにも機会があればやっていきたい」と話した。
彼は、福岡という都市の場所について、こうも話した。「東京や大阪よりもアジアに近い場所。住んでいると気付かないかも知れないが、こんなに街中に空港があるのは世界でも珍しい。もっと強みとして活かしていくべきだ。宿泊料金や交通費、コンベンション会場の料金などもリーズナブルに抑えられる。空路にはアジアの主要都市への直行便がある。まだまだアプローチしていく余地がある」と意欲をみせた。
また多くのホテルが、特にアジアの観光客の対応に迫られているが、「ホテル側としては海外からの観光客は増やしたい。もちろん増えれば、プラスの面もマイナスの面もある。文化の違いやマナーの問題は、海外のお客さまに限ったことではないし、(同ホテルが)お酒や歓楽街からすぐの立地というのも仕方のないこと。お客様をふるいにかけたりはしないし、どこのホテルでもついて回る問題だと思うよ」と前向きにとらえた。
2011年の九州新幹線開通後について「開通してみないとわからないが、九州内の人の行き来が増えるのでは?福岡以外にもホテルの建設があるだろうし、九州以外だけではなく、本州からも人の行き来ももちろん増えると思う。当然福岡にも入ってくる観光客も増えるから、ホテルにとってもプラス」と話す。
福岡の街の今後の展望について「良くも悪くもアジアとの近さなどの立地から、より国際的な都市になっていくと思う。今現在は韓国の観光客が主流だが、中国人観光客が増えて逆転するのは時間の問題では。ただ九州は海外の観光客が増えても国内の観光客の人数を上回ることはないのではないか」との見解を見せた。
■願うのは家族の幸せ
普段は秘書にもあまりプライベートは話さないというが、奥さんとの出会いについても伺った。「香港で働いていた同じホテルで知り合って、1年ほど一緒だったけど、最初はあまり好きではないタイプだった」と笑った。彼が別のホテルに移ってから、道でばったりと、偶然の再会。当時勤めていたホテルがたまたま求人を出していたことを話すと、奥さんは彼のホテルの仕事に就いた。こうして2度同じ職場で働くことになったものの、「今度は僕がバリに異動になったんだ。その後1年間ほど遠距離恋愛をしていた」と照れ笑いを浮かべた。
現在も一家4人で福岡市内に住んでおり、休みの日は「基本的には家族で九州内をドライブしたり、遠出したり、おいしそうで、繁盛してそうなお店に入る。食べすぎて…お腹が(笑)」と取材陣やスタッフを沸かせた。
またホテル内では奥さんや娘さんがホテルを訪れ、仲睦まじい姿も。家族を大事にする彼の姿が伺える。年に1度家族でスキーに行くほか、最近は息子さんと一緒にゴルフもするという。
仕事の話の真剣な眼差しとは打って変わって、
とても優しいパパの目になっていたのが印象的だった。
彼に将来の夢について聞いた――。
「夢ではないけど…楽しみなのは、子どもたちが成長して、いい人間になること。何かに成功するとかではなく――」
意外だった。もっとホテルマンとして上り詰めていきたい、というような返事を予想していたからだ。いや、もしかしたらそういう気持ちもあるのかも知れない。ただどんなに仕事に精を出しても、一番に願うのは子どもの健やかなる成長。時間を忘れて働く多くの日本人が無くしかけていた「家族」の大事さを改めて認識させられた。
■スタッフにも幸せを感じさせてくれる―
スマートな身のこなしと抜群のユーモアセンスで、社内のスタッフからの信用はとても厚いという。彼が就任してから変わったことをスタッフに伺うと、例えばホテル内でスタッフに、「どこの引き出しにお菓子を(隠し)入れてるの?」と声をかけるなど、ユーモアたっぷり。社内文書は日英併記になったものの、スタッフのモチベーションは上がっているという。
マーケティング部の秋元頼子さんは「例えばスタッフに注意する時も『ちょっと散歩に』と連れ出して、決して人前でいやな思いをさせなかったりといった心遣いをしてくれる。スタッフにも幸せを感じさせてくれる総支配人です」と話した。仕事の面では「従業員満足度を上がるように努めたい」とも話していたが、それがスタッフに目に見えて行き渡っているようだ。
■生粋のホテルマン
もともと彼が就任した直後から、スタッフの方から彼の評判を聞いていて、以前から一度お会いしてみたい、と思っていた。別の用事でホテルに伺った時、偶然にもお会いでき、そこで突然の挨拶にも関わらず、片言の日本語で応じてくれた彼は優しい笑顔で名刺を差し出してくれた。
日本に来て印象的なことを尋ねると、彼はこう話した――。
「半年間で季節の移り変わり、景観の変化を感じた」
「そんなに印象的な出来事って言われてもピンとこないけど…
…でも日本に来て嫌だなと思ったことは未だにないんだ」
と話し、
「ホテルマンになって嫌だと思ったこともない」
とも言い切った。
彼のような人がいるなら、福岡の「おもてなし」はもっともっとよくなる。そう思った。キャナルシティに行った際には、お隣りのグランド・ハイアット・福岡で彼の姿を探してみてはどうだろう。きっと笑顔で迎えてくれるに違いない。
最近になって自転車を購入し、土曜日の朝は自転車で福岡市内をサイクリングしているという。日本を、福岡を好きになってくれる人が一人でも増えてほしい。彼のように。
文/編集部 水間健介